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リアル鐘撞きバトルロワイヤルの寺!?

写真撮影・平成19年5月、平成28年1月

往年の名作「うる星やつら」には、主人公達が大晦日に鉄拳やキックでお寺の鐘を鳴らしまくる、と言う話がありました。原作は第25巻8話の「歳末は鐘鳴り」、アニメは第177話の「謎の坊さん登場!鐘つきバトルロイヤル」というタイトル。あらすじはこんな感じでした(内容がちょっとアニメよりかも)。

満身創痍の御坊さんが鐘の突き手(撞き手じゃないところに注意)を探していると言うことで、諸星あたる・ラム・面堂終太郎・三宅しのぶ・藤波竜之介の5人が御坊に連れられて寺に向かう。しかし御坊、怪我のわりに足腰が偉い達者で皆は付いていくのがやっと。ようやくたどり着いた寺の鐘楼、鐘はぶら下がっているが撞き棒が無い。そして御坊が怪我をしているのは手と頭。もしや、と思い問い詰めると、「この寺は己が肉体で鐘を突く荒行の寺。しかし寺の者はすべて体を傷めてしまった。除夜の鐘(アニメでは前住職の命日に鳴らす1000回の鐘)を今晩中に鳴らさなければならない。御礼の『かね』は用意してある」という。どうしても金がほしい竜之介が口火を切り、5人がそれぞれ鉄拳やキックで鐘を鳴らし始めた。人並み外れたパワーを持つ5人によって規程の数の鐘が鳴らされた後、お礼にと御坊から差し出されたつづらの中には大小様々な「鐘」が…

ここでポイントは「撞いた跡がある鐘があるのに撞き棒が無い」事でしょうか。これはあくまでお話の中の話題…だったのですが、もしそれに似たようなお寺を見かけたら…当時うる星ファンだった者としてはとっても気になります。そして、実際にそういうお寺を見かけた訳でありまして、ここにご紹介したいと思います。

朝日山上日寺・謎の鐘楼

そのお寺の名は朝日山上日寺。氷見市の市街地に連なる丘陵地の下にあるお寺です。

(写真1)氷見市の朝日山上日寺

(写真1)氷見市の朝日山上日寺。写真に写っているのは庫裏。

(写真2)朝日山上日寺・観音堂

(写真2)朝日山上日寺・観音堂。写真1の左手の道を進み、石段を登った丘の中腹にあります。そして、この左手に…。

(写真3)朝日山上日寺の鐘楼

(写真3)朝日山上日寺の鐘楼。こちら側には撞き棒がかかっていません。

(写真4)朝日山上日寺の梵鐘

(写真4)朝日山上日寺の梵鐘。えらく錆びてます。他のお寺の鐘は撞き棒が当たるところだけ錆びてたりしますが…なんでこんな錆び錆びなんだろう?

(写真5)朝日山上日寺の鐘楼・別方向から

(写真5)朝日山上日寺の鐘楼・別方向から。位置を変えても、やはり撞き棒をぶら下げるような所がありません。そして、鐘には広範囲にわたる錆び…マジで手でドツイとるのか?と思った矢先、鐘楼に何やら説明書きが書かれているのが目に入りました。

種明かし(汗)・ごんごん祭の鐘楼

(写真6)ごんゝ祭の鐘楼

(写真6)説明書きにはこのようにありました。

ごんゝ祭の鐘楼
江戸時代初期(今ヨリ約三百年前)大旱魃ノ時観音様ニ雨請ヲシタ所霊験忽ニアラワレ慈雨降リソソグニヨリ信心ノ群衆鐘ヲ打鳴ラシテ喜ビアイ尓来生物繁ニ向フ
四月十七・十八日観音御縁日ニ報恩ト除災招福諸願成就ノ祭礼ヲ行ヒ松ノ十五・六貫ノ生木ヲ背ニシテ鐘ヲ撞キ天下ノ奇祭トシテ今ニ伝統ヲ有ス

はい、ここに正解が書いてありましたね。さすがに手でどつく訳がありません。祭礼時に15〜6貫、すなわちおおむね55〜60kgぐらいの松の丸太ん棒を背中に担いで撞く、んだそうですね。で、その祭礼の名前は「ごんごん祭」。鐘を打ち鳴らす様子から命名されたとか…ストレートな名前。名前だけ聞いたら歴史あるお祭りとは思えないかもしれませんが、300年の歴史があるそうで。そして、富山観光ナビによると現在ではごんごん祭の最後に「ごんごん鐘つき大会」が開かれ、松の丸太を担いで1分間に何回鳴らせるかが競われるんだとか。まさに鐘つきバトルロワイヤル…どんな様子なんだろう?と思ったらYouTubeに動画がありました。
動画その1その2その3
うーん、やるのは無理だけど、見に行く分には面白そう。でもこれ、撞いてるんじゃなくて叩いてるよね?そりゃあ鐘もそこたら中キズキズになる訳だ。

補足というか、写真の追加というか

もう少し写真が欲しくなったので、再訪して撮ってきました。ところが、前回の訪問から9年も経っているので、現地には変化が。

(写真7)朝日山上日寺・観音堂前から鐘楼を写す

(写真7)朝日山上日寺・観音堂前から鐘楼を写しました。境内の片隅にぽつんと建ってる感じ…あれ?何か様子が違うな…。

(写真8)朝日山上日寺・新しい鐘楼

(写真8)現地では気がついていなかったのですが、いつの間にか鐘楼が建て替えられていました。あの味のあった手描きの説明書きも無くなってるっぽい。梵鐘もサビ取りが行われたようです。
そして、建て替えられようとも相変わらず撞き棒を吊すところ無し。

(写真8)氷見市教育委員会による上日寺の梵鐘の説明板

(写真8)鐘楼の傍らにあった説明板。氷見市教育委員会が設置したものでした。書かれている内容は以下の通り。

氷見市指定民俗資料
上日寺(じょうにちじ)梵鐘(ぼんしょう)  昭和四十三年四月一日 指定
上日寺では、毎年四月十七日と十八日の両日に亘理、朝日観音の零細が挙行され、その際、松丸太を担いで鐘楼にかかる梵鐘を連打する風習が伝えられていることから、一般に「ごんごん祭り」と呼ばれている。
この梵鐘は、総丈一四三センチ、口径八一センチ、乳数六四を数える。
陰刻された銘文によると、祈雨の修法が成就したことを喜んだ人々の寄進により、新たに寛文四年(一六六四)梵鐘を鋳造したが、年の経過とともに音が悪くなったため、貞享五年(一六八八)、金沢の鋳物師飛来但馬守家長の手によりこの梵鐘が鋳造された。
市内に現存する梵鐘では、蓮乗寺(朝日本町)の梵鐘(一六三九)についで古く、戦時の供出を免れた。
氷見市教育委員会

なるほど、保存対象は梵鐘の方な訳ですね。それも、戦時供出を免れた貴重な品でした。末永くこの地に伝えられていきますように。