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一音大字・流山市木訪問記

写真撮影・平成21年7月
記事作成・平成27年10月
「一音地名」コレクションの協賛企画です。

平成21年7月に南流山駅近辺で開催された落書き帳プチオフ会に参加した際、そのすぐ近くにある一音地名・流山市木にもチラ寄りしてきました。行程の都合上、本当にチラ寄りなのですが、それでも「木」と分かるものはいくつも目に留まりましたので、それらをご紹介します。なお、訪問してから記事にするまでかなりあいてしまったため、現在状況が変わっているところについては、Googleストリートビューを参考に補足説明することとします。

なぜか流山駅からスタート

(写真1)流鉄流山線流山駅

(写真1)流鉄流山線流山駅(撮影ポイント)
流山市木は南流山駅のすぐ近くなのですが、なぜか2kmほど北にある流鉄流山線流山駅からスタート。実は流山線の乗り潰しをしたかっただけという。

(写真2)流山駅前にあった地図・1

(写真2)流山駅前にあった地図・1(撮影ポイント)
駅前のロータリーには「ながれやま文学の散歩道 散策案内図」なる地図がありました。木の辺りまでは書かれていません。

(写真3)写真2の地図の後ろには…

(写真3)写真2の地図の後ろには…(撮影ポイントは写真2と同じ)
写真2の後ろに目をやると、更に2つ地図がありました。片方は「新選組 近藤勇・土方歳三離別の地」と見出しのついた流山駅周辺案内図、もう片方は防災地図でした。駅前に違う種類の地図が3つ…どんだけ地図好きながいや?と言う感じ。

(写真4・上)流山駅前にあった地図・2 (写真4・下)流山駅前にあった地図・2の拡大

(写真4)流山駅前にあった地図・2(撮影ポイント)
「新選組 近藤勇・土方歳三離別の地」の案内図の方を見てみました。近藤勇陣屋跡を中心とした地図で、なおかつ町名も書かれている訳ですが…良ーく見ると駅の右手に「加(一)」とあります。そう、実は流山駅のすぐ北側は「加(か)」という一音地名。でもこの時は加には寄りませんでした。理由は後述。
(なお、平成27年4月現在のストリートビューを見ると、このように新撰組の地図は撤去されて新たな地図が設置されています)

木交差点へ

流山駅前の地図を確認した後は、近藤勇陣屋跡にチラ寄りした後、一気に流山街道を南下して木を目指しました。寄り道分も含めて大体2.5kmほど歩いたところで、このようなものを発見。

(写真5)木交差点の歩道橋・北側のやや遠景

(写真5)木交差点の歩道橋・北側のやや遠景(撮影ポイント)
歩道橋に「流山市木」と書かれているのが目に入りました。更に接近します。

(写真6・上)木交差点の歩道橋・近景 (写真6・下)木交差点の歩道橋・拡大

(写真6)木交差点の歩道橋・近景(撮影ポイント)
街路樹を通り過ぎ、陸橋の全景が撮影できる位置まで来ました。間違いなく「流山市木」。スピードが出てたら流木に見える…なんてことは無いか。
写真左手の信号機には交差点名が書かれていませんが、陸橋の向こう側にある信号機には書かれているようです。

(写真7・上)木交差点(交差点南東側信号機) (写真7・下)木交差点(交差点南東側信号機)・拡大

(写真7)木交差点(交差点南東側信号機)(撮影ポイント)
信号機には「木交差点」と書かれていました。「木」で無かったのがちと残念。

(写真8)木交差点(交差点北西側信号機)と歩道橋

(写真8)木交差点(交差点北西側信号機)と歩道橋(撮影ポイント)
写真7の信号機のはす向かいの信号機。歩道橋が背景になるので、「木交差点」と「流山市木」のツーショットが撮影できます。

(写真9)電柱の町名表示は「木」

(写真9)電柱の町名表示は「木」(撮影ポイント)
写真8の地点からちょっと南にあった電柱。ようやく「木」一文字の表示にお目にかかれました。(なお、平成27年4月現在のストリートビューを見るとこの近辺は道路の拡張工事が行われており、当該の電柱はこのように町名表示が剥がされてしまっています)

(写真10)県道の標識は「流山市木」

(写真10)県道の標識は「流山市木」(撮影ポイント)
県道東側の歩道にある県道標識。町名表示の「流山市」は小さく書かれており、遠くから認識できるのは「木」一文字。

(写真11)ゴールは南流山駅

(写真11)ゴールは南流山駅(撮影ポイント)
写真10を撮影した辺りでそろそろ待ち合わせの時間が来てしまったため、その後は一気に南流山駅まで行ってしまいました(小さい写真しか残ってなかった…)
と言う事で、「流山市木の訪問記」と言いつつ、実際には木交差点のレポートと言う事になってしまいました。確認したところ、町内にある集会所神社などでも「木」である事が確認できたのですが、木交差点からはけっこう遠いんですよね。流山駅から木交差点まで歩いておいて言うのも何ですが、できればレンタサイクルを利用したいところです。

補足

この流山市木、かつては東葛飾郡木村でしたが、1889年に木村を含む6か村+αが合併し流山町となっています。おそらくはこの明治の大合併時に「木」と言う大字になったものと思われます。
周辺は区画整理後に住居表示されたところが多く見られますが、木はまだ住居表示前のようです。ただ、ちょっと気になるのは、写真5・6の歩道橋や写真10の県道標識に書かれている住所が「流山市木」なのに、実際の住所は南流山六丁目である事。これは想像ですが、南流山駅周辺の区画整理に併せて南流山○丁目という町名が作られたのでは無いか…と思います。現在の木の域内も区画整理が行われているようですが、願わくば流山駅北側の「加」と同様に「木」も末永く生き残って欲しいものです。

あ、そうそう、流山駅まで行っておきながら流山市加に行ってこなかった理由を書かなきゃいけませんね。
実は、訪問時には他の落書き帳メンバーの方がご自身のHPに加の訪問記を掲載しており、その記事が一音地名コレクションにリンクされていました。そのため、まだ誰も訪問記を書いていなかった木に行くのを優先し、加には寄りませんでした。
しかし、その後その方のHPが閉鎖してしまったため、現在はリンク切れ状態。機会があれば加の方にも行って、訪問記を纏めてみたいと思います…千葉まで行く時間がなかなか作れないのですが…